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我々が今生きる20世紀は、人類の長い歴史の中でもかって例をみない巨大な転換期として特筆される時代であろう。
1903年、ライト兄弟が、僅か16馬力のエンジンを積んだグライダーのような複葉機で始めて空を飛んでから90年余年過ぎた今、人間はジャンボと云う十万馬力の怪鳥を自在に操り大洋を越え、人工衛星は月面に人の足跡を残すことだけでは飽き足らず、太陽系の外に新しい世界を発見しようとしている。文字として残される活字文化も、印刷技術の高度な発達により、過多とも思えるほどの情報として巷に溢れ、今や本は、ときに人々に真理を伝える以上に人の心を戸惑わす。その昔、絵画や写真でしか残されなかった歴史の姿は、動く姿そのままに映画となり、今や、VTRの普及によって誰でも簡単に、何気ない日常の姿までをも完全な記録として残すことができる。同様に、譜号としてしか残すことのできなかった音楽という文化は、エディソンの蝋管レコードの発明によって音楽そのものとして保存され、今や電子技術の驚異的な発達と共に、画期的とも思えるディジタルディスクの時代突入した。
人類は、絶えずその未来に夢と希望を持ち、どこまでも前進して行く。人類は、いつも巨大な雑食獣だ。次々と目の前に現れる種々雑多な出来事を、なんの抵抗もなく受け止めては、丸呑みにしてしまう。しかし、絶えず前進するその歩みの後ろには、必ず足跡が残ることを時々人は忘れてしまう。1963年11月、テキサス州ダラスの街でケネディー大統領が暗殺された翌日、テレビの画像は始めて太平洋を越えた。あのとき、日本で最初に映し出された衛星中継の画像が、荒涼とした砂漠だったことを今何人の人々が覚えているだろうか。
この20世紀に人類は、それまでにないほどあからさまに自らの姿を後世に残す手段を数多く見つけ出した。しかし、人々は、この20世紀に起こったさまざまな出来事を、どれだけ素直にこれからの人々に伝え得るのだろうか。
「オープリーの夜明け」「偉大なる雑食獣」から引用
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