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第7回全国小学生作文コンクール | |
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おわまりさんと接した身近な体験などを題材にした、第七回全国小学生作文コンクール「わたしたちのまちのおまわりさん」(主催:読売新聞、後援:総務庁、警察庁、文部省、協賛:セントラル警備保障)の受賞者が決まった。全国から寄せられた応募作品は23,632点にのぼり、地域の安全を支える交番のおまわりさんを生き生きと書いた作品が目立った。受賞者のうち審査員特別賞以上の16人の表彰式は2月27日、東京・大手町の読売新聞社で開かれる。佳作30人と入選141人の表彰式は地域ごとに行われ、入選者の氏名は本紙地域版で紹介される。 | |
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内閣総理大臣賞 | |
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低学年の部 斉藤舞さん(東京 千代田区立千代田小学校3年) おまわりさんときくと、いつも交番にいるえらい人、悪いことをした人をつかまえる人というかんじがしました。私たちが、おまわりさんとお話することはほとんどなく、お金をとどけた時とか、道をきくときぐらいしか交番にも行くことはありません。しかし、おまわりさんから手紙をもらったことがあります。 それは二年前のクリスマスの2〜3日ぐらい前の日のことです。毎日夜になると出まどにおいてある、クリスマスツリーに電気をつけていました。ツリーの電気は、ついたりきえたりして、赤、黄色、白ととてもあたたかい色で光っていました。そんなある日、朝新聞をとりに行くと手紙が入っていました。 それにこう書いてありました。「斉藤さんのまどにうつし出されるツリーの光と、サンタクロース、トナカイがパトロールを勇気づけてくれました。ふきんにいじょうは見られません。よいおとしを・・・・火の元には気をつけてください」 これを読んだときとってもうれしかったです。おまわりさんも、一人で夜のみまわりは、さみしいでしょう。ツリーのあたたかい光が勇気づけてあげられてよかったとわたしは思いました。それに、おまわりさんが夜も家のまわりを見守ってくれていることがわかり、とっても安心しました。そしてとってもみぢかな人にかんじました。お父さんも、お母さんも、夜の見回りをしてくれていることにとてもおどろいていました。そして、「いそがしいのに、手紙をくれるなんて、やさしいおまさりさんね」とお母さんがいっていました。お母さんと手紙をもらったお礼におかしをもってあいに行こうと言っていたのに行けませんでした。でも作文を書いているうちにどうしてもあいに行きたくなりました。 この作文とおかしをもってこんど、あいに行きたいと思っています。この手紙はいつまでも家の壁にはってあります。わたしの家の宝ものです。これからも、この手紙をだいじにしたいです。 | |
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内閣総理大臣賞 | |
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高学年の部 大場会美さん(徳島 三野町立芝生小5年) 夏休みに入って間もないある夜、お盆に家へだれかが遊びに来るという電話があった。母は電話機を保留にして、ニコニコしながら父に代わった。電話が終わってから両親はいつにもまして、うれしそうに話しこんでいた。 父は徳島県池田警察署で刑事をしている。今から6年前全国の自動販売機あらしで、父にたい捕され取り調べられた青年が、電話の主であることを聞かされた。 現在青年はすっかり改心して、まじめに働いているそうだ。家の電話番号をなぜ知っているのか、私は不思議に思ったので父にたずねた。すると父は「取り調べがすんでからも、手紙を何度ももらったり、電話をかけ合っていたんじゃ」と教えてくれた。 8月12日を家族みんなで指折り数えて心待ちにした。私はどんな青年だろうと思った。9月に結こんすることになったので、相手の女の人もいっしょに来ると言ったので、どんなお姉ちゃんかなと楽しみだった。 いよいよ12日の夕方、近くの徳島自動車道の美馬インターまで母と二人でむかえに行った。あったしゅん間、あんな人がなぜ自動販売機あらしをしたのかと、信じられないようなお兄さんだった。 その夜は母の得意の手料理で、家族5にんで大かんげいをした。父はその青年のことを、「あんちゃん」と呼んでいた。母も兄も姉も私も「あんちゃん」と親しみをこめて呼んだ。 あんちゃんは犯罪を犯したときのことを全部私たちに話してくれた。あんちゃんが小さいころからお父さんとお母さんはよくけんかをして、とてもさみしかったそうだ。そんなとき仲間にさそわれて悪いことをしてしまった。けれども大場さんに出会って、人はまじめにこつこつと働くことや家族のきずなの強さを学んだとなみだを浮かべながら話してくれた。 今も昔の仲間から「何まじめに働いとんな」と、悪い道にさそわれることもあるが、大場さんの顔が目の前をよぎって、きっぱりと、ことわれる自分になったそうだ。 あんちゃんが来てくれたおかげで、父の仕事がどんなことなのかよくわかった。父のほこらしそうな顔を見て、私たち家族も何だかあったかい気持ちになった。刑事の仕事は、たい捕したり取り調べすることだけだと思っていたが、悪いことをした人を、まじめに働けるようにめんどうをみている父を、私はますます好きになった。 9月の結こん式のひろうえんにも招待された。もちろん四国のおやじとしての出席だった。帰って来るなり、「今日のあんちゃんの晴れ姿は立っぱだった」と満足した父の顔で、私たち家族もすっかりあんちゃんのファンになった。この再会は父もあんちゃんも一生思い出に残ることだろう。 | |
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