得意をのばすか欠点を克服するか

 教育には二つの側面がある。持ち前の才能を発揮し引き出して育て伸ばす側面と、一定の水準に達するようバランスのとれた知識、技能、習慣を身につける側面である。
 どちらも車の両輪で一方が欠けては成り立たないのだが、社会によって教育者によって重心の置き方が異なるように思う。アメリカもそうだったが、オーストラリアでも得意な側面を伸ばすことに重きをおくが、日本は不得意な面をカバーしバランスのとれた人間を育てることに重きをおく。その結果アメリカなどではスポーツでもビジネスでも科学研究でも若き天才達が続出し、伸びやかにその持てる能力を発揮し、社会もそれに喝采を送る。
 一方日本では、己を厳しく持し、諸芸に通じバランスのとれた常識人が尊敬される。何をやらせても一通りこなせるよう努めることを評価する。最近は日本も豊かになり余裕がでてきたこともあり、長所を伸ばそう、個性教育を推し進めようと強調されるようになってきた。私も得意技を伸ばす努力は、楽しく効率が良いが、不得意なことを克服するのは成果があがらず苦しいので、この方針転換に賛成する人が多いことはよく理解できる。
 しかし得意技を伸ばし、それで一角のプロになるのは生易しいことではない。輝かしいアメリカン・ヒーローやオーストラリアン・ヒーローの影には、時に得意技も持たず、まともな仕事もできない敗残者が多数いる事実から目を背けるわけにはゆかない。
 社会で生きてゆく以上、与えられた義務を果たすマナーを身に付けるのは不可欠であり、日本の「他人に迷惑を掛けない」「己に厳しく」をいう教育は不易の価値を有し続ける。

在ブリスベン日本国総領事 坂東 眞理子   

社団法人、ブリスベン日本人会会報、1998年10月号から


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